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種里城(青森県鯵ヶ沢町) [古城めぐり(青森)]

DSC08371.JPG←丘陵背後の空堀
 種里城は、津軽氏発祥の地である。室町時代に三戸南部氏によって津軽を逐われた安東氏一族は、その後津軽奪還を企図して度々挙兵したため、南部氏は1491年に、下久慈にいた南部光信をこの地に封じて安東氏の動きに対処させた。光信は入部後、種里城を築城して拠点とし、津軽平野支配を目論んだ。1501年、西根城を改修して大浦城と改称し、養子の盛信を入れて津軽平野に勢力を伸長した。その後、5代為信は津軽平野を統一して、津軽氏を名乗り、豊臣秀吉に大名として認知されて、近世大名となった。種里城は、江戸時代を通して津軽氏祖宗興隆の聖地として津軽藩に保護された。
 種里城は、比高30m程の独立丘陵上に築かれた単郭の城である。その地勢は久川城によく似ているが、規模は二回りほど小さい。丘陵背後を天然の沢を利用した堀と成して、背後の山地と分断し、丘陵上の主郭内部は数段の段差に分かれ、一部に土塁を巡らしている。ただ、段差は後世の改変の可能性があるらしい。最上段には主殿の遺構が確認されている。北側には腰曲輪があり、また光信の廟所周囲は空堀で区画され、元は出丸となっていた様だ。この他、種里城の北には、空堀を挟んで丘陵上に武家屋敷跡があり、数段の平場や虎口遺構が明瞭に残っている。尚、主郭にある「光信公の館」という展示館は、訪城当日は開館前日の清掃中であったが、御好意で中を拝見させていただくことができ、いろいろと話を伺うこともできた。城としては、旧態依然とした単郭の平山城であるが、津軽氏発祥の地として現在でも大切に保護されている。
主郭に残る土塁→DSC08322.JPG
DSC08380.JPG←武家屋敷跡の虎口遺構
 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/40.704432/140.165752/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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