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五合桝遺跡(神奈川県鎌倉市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC00045.JPG←平場に見られる土塁跡
 五合桝遺跡は、HP「土の古城探訪」では「五合枡陣城」と呼称され、鎌倉時代後期に築かれた鎌倉の防衛施設と考えられている。極楽寺坂南側の山稜部にあり、稲村路、極楽寺坂を防衛する施設と推定されている様だ。また往時この地には「仏法寺」という寺院があり、執権北条氏の支援の下で栄えた極楽寺の有力末寺であり、現在は「仏法寺跡」として国の史跡に指定されている。1333年の新田義貞による鎌倉攻めの際には、激戦地の一つでもあり、この方面では、新田氏の一族である大館宗氏が極楽寺坂の切通しから(一説には稲村ヶ崎からとも)府内へ攻め込んだが、幕府方の反撃に合い、宗氏以下11人、稲瀬川で討死にしたと伝えられている。
 五合桝遺跡は、比高60m程の山稜上にある。尾根上に数段の平場があり、土塁や土壇(塚?)も確認できるが、全体に藪が多く遺構が不明瞭である。しかしこの地からは鎌倉市街が一望でき、絶好の防御陣地であったことを伺わせている。史跡指定はされているので、今後の整備を期待したい。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.307815/139.531206/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
タグ:中世山城
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