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彦根城(滋賀県彦根市) [古城めぐり(滋賀)]

IMG_6967.JPG←天秤櫓前の大堀切
(2005年2月訪城)
 彦根城は、徳川四天王の一人、井伊直政が築いた近世城郭で、国宝4天守の一つである。1600年の関ヶ原合戦に勝利した徳川家康は、大阪城の豊臣方に備える為に城郭整備に乗り出した。彦根城もその一環として新造された城である。上野高崎城主であった井伊直政は、関ヶ原の戦功により近江佐和山城18万石に封ぜられた。直政は間もなく関ヶ原合戦の際の負傷が原因で没し、その子直勝の代に佐和山城を廃して新たに彦根城の築城を開始した。幕命により、12の大名が普請に加わったにも関わらず、1622年頃まで約20年の歳月を費やす難工事であったと言われる。その後、江戸幕府の重臣井伊家の歴代の居城となり、幕末には大老井伊直弼などを輩出して明治維新まで存続した。

 彦根城は、比高30m程の彦根山に築かれた平山城である。まずその縄張りであるが、甲州流軍学者の早川弥総左衛門によって縄張りされた。近世城郭では非常に珍しく、堀切を主体とした防御線を張っていることが特徴である。即ち、本丸手前の太鼓丸の前面は、馬出しを兼ねた鐘ノ丸との間に石垣で囲まれた堀切が穿たれている。また本丸後方の西ノ丸にも大堀切が穿たれ、三重櫓が睨みを効かせている。そして斜面上には5ヶ所に登り石垣が構えられているのも、類例の少ない特徴である。山麓外周には、地盤の弱さを補強する腰巻石垣が築かれている。その他、二ノ丸外周の石垣・枡形虎口・中堀がほぼ完存し、外郭に当たる三ノ丸の土塁もごく一部ではあるが残っている。
 一方、現存建築物であるが、彦根城はかなりの部分を旧来の城からの移築に拠っている。天守は大津城天守を、天秤櫓は長浜城大手門を、西ノ丸三重櫓は小谷城の天守を、それぞれ移築したものと言われている。また石垣の石材なども、佐和山城などから多く移築されている様だ。

 近世城郭としては、中世城郭の雰囲気の濃厚な極めて特異な縄張りを持ち、しかも多数の現存建築物を有する彦根城は、極めて貴重である。
西ノ丸三重櫓と堀切→IMG_7018.JPG
IMG_7033.JPG←登り石垣と竪堀
腰巻石垣・鉢巻石垣→IMG_7084.JPG
IMG_7137.JPG←三ノ丸土塁

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://maps.gsi.go.jp/#16/35.276465/136.252238/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0l0u0t0z0r0f0
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ノリパ

ファイブスターでました! ひこにゃんもいますし、いいお城ですね。
by ノリパ (2012-06-02 22:27) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
行った当時は気付きませんでしたが、
縄張りが独特で面白いですね、今から思えば・・・(笑)
by アテンザ23Z (2012-06-03 09:29) 

ニケ

三成様の佐和山城が、ここで生きているのですね。
by ニケ (2015-07-11 19:25) 

アテンザ23Z

>ニケさん
家康に徹底抗戦した三成ですから、関ヶ原合戦後には佐和山城が徹底的に破却されたのも仕方ないところですが、その代わりに彦根城などにその遺産が残されているのは、嬉しい事ですね。
by アテンザ23Z (2015-07-11 22:56) 

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