So-net無料ブログ作成

新宮党館(島根県安来市) [古城めぐり(島根)]

DSC05199.JPG←館前面の切岸と帯曲輪
 新宮党館は、尼子経久の次男国久の一族衆新宮党の居館である。その名は、一族が新宮谷周辺に居住したことに由来する。新宮党は、尼子氏の軍事力の中核を担った強力な軍団であったが、毛利元就による謀略に掛かった主君尼子晴久によって、1554年に国久・誠久父子は殺害され、新宮党は族滅した。新宮党を失った尼子氏の軍事力は大きく損なわれ、1566年、ついに尼子氏は毛利方の軍門に降り、富田城を開城した。尚、新宮党が滅ぼされた際、ただ一人、誠久の3男孫四郎だけが落ちのび、後に尼子氏再興を目指す尼子氏遺臣の山中鹿介幸盛に奉ぜられて尼子勝久と名乗り、毛利氏に戦いを挑むものの衆寡敵せず、上月城で自害し、尼子氏は滅亡した。
 新宮党館は、後谷川北岸に連なる山地の麓の台地上に築かれた居館で、前面にきれいに切岸が築かれ、帯曲輪で前面を守っていたようである。居館内部に土塁はなく、ただの平坦地となっている。特に富田城の出城とか砦といった趣はなく、有事の際には居館を捨てて富田城に籠ったのであろう。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E133.11.47.8N35.21.52.3&ZM=9
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
メッセージを送る