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早川城(神奈川県綾瀬市) [古城めぐり(神奈川)]

DSC08674.JPG←主郭北側の空堀
 早川城は、鎌倉時代の御家人渋谷氏の築いた城と伝えられている。渋谷氏は、坂東八平氏の一、秩父氏の一流で、平安末期には渋谷庄司重国が既に渋谷荘を領していた。鎌倉時代になると、重国は源頼朝に従って幕府の御家人となり、その子高重が後を継いだ。高重は早川次郎と名乗り、早川に拠点を置いて一族を統率していたと考えられる。1247年の宝治合戦の際の軍功によって薩摩などの所領を賜り、一族が分封していったが、室町時代の初め頃までは渋谷氏の支配が続いたと考えられ、その一族が早川城を築いたと考えられると言う。

 早川城は、目久尻川東岸の台地の南端に築かれている。台地先端に主郭を置き、台地基部を空堀で分断した縄張りで、現在は城山公園となっているが、広い主郭の他、周囲の腰曲輪、土塁、空堀など、遺構はよく残っている。特に主郭北側の土塁と空堀は、この手の公園化された城としては特筆もので、一見の価値がある。主郭南側外周の遊歩道は主郭面より1段低くなっているが、これは往時からのもので、日本城郭大系では堀跡または帯曲輪と推定している。また主郭内には物見塚があり、これは発掘調査の結果、版築で作られた往時の遺構であることが判明している。物見塚の上には、日本海海戦で連合艦隊の指揮を執った東郷平八郎の碑があるが、早川城は東郷平八郎の先祖の地であるそうだ。空堀には横矢も掛かっておらず縄張りも単純な、戦国期以前の古い形態の城であるが、なかなか見応えがある。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E139.25.21.6N35.26.2.6&ZM=9
タグ:中世平山城
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