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鴫山城 その2(福島県南会津町) [古城めぐり(福島)]

DSC13716.JPG←土門に残る綺麗な枡形
(2010年12月訪城)
 鴫山城を3年ぶりに再訪した。今回は、前回訪城時に見なかった西側尾根上の遺構の確認が目的であった。鴫山城は、緩やかな傾斜を持った平坦部を居館部とし、南の愛宕山を詰城を置き、居館部周囲から愛宕山までを東側と西側に走る尾根筋に沿って土塁や空堀を築いて全体を包みこんで防御した構造となっている。今回は西の尾根筋を見て回った。

 西側外郭の土塁は形状が明瞭で、尾根上にしっかりと土塁が築かれているのがわかる。尾根筋が高度を上げていくと、土塁も竪土塁の様に築かれており、土塁と石垣の違いはあるにしても、これはまさしく伊予松山城の登り石垣と同じコンセプトである。元々松山城の登り石垣は、朝鮮出兵の際に港から山上の城までの周囲を石垣で囲んで防御した倭城の経験から創出されたと言われているが、鴫山城の竪土塁(登り土塁?)もその類例ではないだろうか。現在残る鴫山城の遺構の大半は、1600年に徳川家康の会津侵攻に備えて上杉景勝が構築したと考えられているので、時代的にもほぼ一致し、有力な説ではないかと個人的には思っている。

 また、竪土塁の両側には部分的に幾つかの腰郭が付随しており、土塁の防御効果をより高めている。土塁を登って行った先の小ピークにははっきりそれと分かる削平された櫓台がある。更にその先に進むと、尾根の鞍部には土門と呼ばれる門跡があり、出枡形の土塁が非常に綺麗に残っている。この後、土門から上千畳・下千畳と呼ばれる曲輪を通って戻ったが、上千畳・下千畳は発掘整備されたため、3年前と比べると木々が綺麗に伐採され、周囲を囲む土塁などの遺構の確認がしやすくなって非常にありがたかった。

 一般にあまり大きく言われることはないが、鴫山城に残る西側尾根筋を走る竪土塁は、登り石垣に繋がる貴重な遺構として、重視されてしかるべきと思う。

 尚、現地に掲示されている土門の解説板は、実際の土門の位置から100~200mぐらい東側の、全然違う所に設置されている。その為誤解を生じやすく、間違って写真を掲載しているサイトがほとんどなので注意を要する。実際の土門の遺構は、解説板の位置から緩斜面を西に100~200m程登った場所にある。虎口形状が明瞭なので、城歩きに慣れた人なら見ればすぐに門跡とわかるだろう。
尾根筋を走る竪土塁→DSC13679.JPG
DSC13695.JPG←小ピークに築かれた櫓台
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