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初沢城(東京都八王子市) [古城めぐり(東京)]

DSC06807.JPG←土橋横の堀切跡
 初沢城は、椚田城とも呼ばれ、歴史不詳の山城である。一説には、横山氏の庶流椚田氏の居城とも大江氏の後裔と言われる長井氏の城郭とも言われる。椚田氏は1213年、和田義盛の乱に際して横山氏一族と共に義盛方として鎌倉で戦い、討死して没落した。一方、時代は下って1504年、山内上杉顕定と扇谷上杉朝良が戦った立河原合戦に際して、扇谷上杉氏家臣の長井八郎が桐田塁を守って山内上杉勢の捕虜になったと言われるが、桐田塁は椚田塁とされ、初沢城と推定されているが、片倉城とする説もありはっきりしていない。その後、伊勢宗瑞(北条早雲)の台頭に危機感を持った両上杉氏は和睦したが、1510年頃に山内上杉顕定が家臣の三田氏に宛てた書状に椚田地方のことが記載され、三田氏の勢力圏に入っていたようである。その後の初沢城の歴史は不明である。
 初沢城は、比高100m程の山上に築かれた城であるが、傾斜の緩い山であり峻険さは無い。現在ハイキングコースも整備されているので、訪城も楽である。山頂の主郭と腰曲輪を始め周囲にはいくつかの曲輪群が散在し、曲輪間には堀切などもあるようであるが、公園化された時に改変されたのか縄張があまりはっきりしない。堀切もかなり浅くなってしまっているので、ちょっと見ただけではそれと気付かないレベルである。給水施設が作られている平場も曲輪の一つであったと考えられる。全体的に見ると古い形態の城の様で、戦国後期には本格的な城郭としては使用されていなかっただろう。小田原北条氏の時代には、周辺の廿里砦等と共に砦兼狼煙台として使用された程度であろうか?

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E139.16.56.7N35.37.57.0&ZM=9
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