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大鳥井柵の謎 [城郭よもやま話]

数日前の朝日新聞に
「山城の出現、200年遡る 11世紀の秋田・大鳥井山遺跡」という記事が出た。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201003020150.html

後三年の役の際の山城跡から、本格的な防御構造が発見されたというのである。
発見された土器などの遺物からすると、城が使われたのは10世紀~11世紀と推定され、
室町・戦国期には使われた形跡は無いということである。

これは、いくつもの城を巡り歩いて城の発展の経緯に自分なりの見解を持ってきた自分にとって、
なかなかショッキングな話である。
横堀程度なら、南北朝期の山城でも見ることがあるので別段驚かないが、
畝状竪堀まであるというのはどう捉えたらいいのだろうか?

もしこれが本当に後三年の役の際の遺構というのならば、
その後、長く埋もれてしまった築城技術ということになる。
周辺地域に築かれた鎌倉時代以前の古い城の形態を調べれば、
その真偽は明らかになるのだろう。

同時期の城塞の内、この城だけに畝状竪堀が見られるとするならば、
極めて特異なことであり、後三年の役の頃の遺構とはにわかには信じ難いことである。

より多くの城での考究が待たれるところである。
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ねじまき鳥

畝状竪堀とは驚きです。ただ考古学はあくまでも遺物からの判断なので、もっと総合的に判断する必要があるのでは。杉山城以来形勢悪いですね。
by ねじまき鳥 (2010-03-08 22:02) 

アテンザ23Z

>ねじまき鳥さん
当ブログへの訪問ありがとうございます。
杉山城問題はこのブログでも書いたことがありますが、
合理的な説明がつくと思っているので、
私としては「問題」とは認識していませんでした。
しかし今回の大鳥井柵の問題は、
合理的な説明がつけられないように思います。
実際はどうなのか、もっと知りたいところですね。
by アテンザ23Z (2010-03-09 00:26) 

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