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大高城(愛知県名古屋市) [古城めぐり(愛知)]

DSC02110.JPG←本丸~二ノ丸間の空堀
 先年9月、たまたま名古屋方面に出張する機会があり、そのついでに休みを取って名古屋周辺の史跡巡りをした。まず訪れたのが、桶狭間の攻防で名高い大高城である。

 大高城は知多半島の脊梁山地の末端近く、西側が開けた丘陵上に築かれた平山城である。室町時代の永正年間(1504~21年)に花井備中守によって築かれたと言われている。戦国期の天文・弘治年間(1532~58年)の頃には水野忠氏父子が居城していたが、今川氏から織田氏に付いた為、今川方の鳴海城主山口左馬之助に攻められ、今川義元の家臣鵜殿長照が入った。1560年に今川義元が大軍を率いて尾張に侵攻して生起した桶狭間の戦いでは、織田方に包囲された大高城救援の為、松平元康(後の徳川家康)が包囲を破って兵糧の運び入れに成功し、そのまま城を守った。元康は義元が討たれて今川勢が敗走するまで当城に留まり、その後岡崎城に引き揚げた。その後、大高城は重要性を失って廃城となったが、1616年に尾張藩家老志水忠宗が館を構えて幕末まで存続した。

 名古屋から電車で行くと、大高駅に近くなるに従いこれまで平野しか見えなかった車窓に突然丘陵地形が現れる。大高城はその一角にある。かつては四方に二重の堀を巡らした厳重な構えであったというが、現在は周囲は完全に市街化し、城跡も公園化しているのでかなりの改変を受け、当時の面影はわずかである。しかし、その地勢は現状からでも推し量ることができる。比高20m程しかないが周囲一帯の平野部を一望にできる絶好の陣場で、本丸跡と二ノ丸跡が良く残り、周囲には何段かの腰曲輪も明確に残っている。本丸は広く平坦であるが、北側が一段高くなっていて、土塁や虎口らしい遺構が残っている。本丸と二ノ丸の間には深い空堀跡も残っている。また二ノ丸から三ノ丸に繋がる虎口には土塁が築かれている。

 全体に公園化が進んでいるものの部分的にではあるが遺構が残っていて、城跡らしさをわずかに感じさせてくれる。なお城跡周囲の住宅地は路地が狭く車で行くのは大変そうなので、この城には電車と徒歩で行く方が良いようだ。
本丸上段の土塁と虎口→DSC02100.JPG

 お城評価(満点=五つ星):☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E136.56.21.3N35.3.40.3&ZM=9
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コメント 4

fuzzy

東海地区に移りましたね、東海と言えば戦国の大舞台です、様々な由緒を持った城址が多いのでしょうね(歴史好きの大半は戦国好きと言って過言ではないです)楽しみにしています。
by fuzzy (2010-01-08 16:44) 

ノリパ

まずここから行かれる、とは。なんとも渋いですね。それがし岐阜出身
ですが、行ったことないです。いかんですね、それがしも行かなきゃ。
by ノリパ (2010-01-08 19:39) 

アテンザ23Z

>fuzzyさん
東海は、天下一統の主役3人を輩出した土地なので、
ドラマチックな舞台が多いですね。
今回はわずか1日の城巡りでしたが、
いずれ本腰を入れて行ってみたいです。
by アテンザ23Z (2010-01-08 21:09) 

アテンザ23Z

>ノリパさん
ブログにはまだ載せていませんが、
名古屋方面では過去に、
名古屋城、清洲城、小牧山城に行ったことがありました。
それ以外で行きやすいところ、というわけで選んだのが、
駅から近い桶狭間史跡めぐりでした。
by アテンザ23Z (2010-01-08 21:13) 

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