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小田城発掘説明会 [城郭よもやま話]

DSC09064.JPG←発掘された障子堀(上端部のみ)
12月6日(土)に小田城の現地発掘説明会があるというので、行ってきた。
城跡の現地説明会に出るのは今回がはじめてである。
参加者は、若い人は意外に少なく年配の方が多かった。
さて肝心の発掘報告であるが、興味深い内容が多い。

まず、ほとんどまっ平らに近い小田城だが、
かつてあった土塁がかなり削平されて崩されていることがわかった。
特に調査対象となった本丸は全周を土塁が囲み、
南西の虎口には石垣まであったという。
土塁を削った土砂は堀を埋めるのに使われたのだろう。
堀は深いところで4mほどと推定されるとのこと。かなり深い。

次に、本丸はおよそ4回にもわたって、整備拡充されてきたらしいこと。
南北朝の頃はただの真四角な曲輪だったのが、
周囲を防御する土塁が作られ、更に堀に張り出す櫓台が構築され、
戦国末期にはかなりの防御性を持っていたようだ。

最後にこれが一番の話題であるが、
本丸北側の堀から、見事な障子掘が発見されたこと。
予備調査の時点で、どうもあるらしいとは言われていたが、
今回初めてその威容の一端を現したという。
今回の発掘では畝の上端部までしか掘っておらず、
そこから下の部分は掘り下げていない。
四角く掘られた中で畝が見つかった部分を白いテープで表示していた。(冒頭写真)

障子掘と言えば、小田原北条氏の高度な築城技術として有名だが、
小田城は一時期小田原北条氏の勢力下に入っていたことがあるので、
その時期に整備されたものかもしれない。
騎西城といい小田城といい、縄張りの技術顧問のような人物が北条氏の中にいて、
小田原から派遣されたのだろうか?

今後、10年をかけて立派な城址公園にする計画らしいが、
山中城の様に見事な障子掘の見られる素晴らしい城址公園にしてもらえるとうれしいのだが、
現説の話だと損傷や破壊を防ぐため、これ以上深く堀を掘ることはしないという。
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