So-net無料ブログ作成

多気山城(栃木県宇都宮市) [古城めぐり(栃木)]

DSC00604.JPG←多気山全景、この山全体が城!
 最近、何となく気乗りがせず、せっかくの山城攻略シーズンであるのにサボってしまっている今日この頃。でもそんな中、ちょっと気になって行ってみたのが多気山城だ。実はこの城に来るのは2回目で、前回は2006年2月の訪城であった。ちょうど丸2年が経過している。前回行った時は、だらだらと甘い削平地が際限なく続く、締まりの無い城、という程度のイメージしか持たなかったのだが、その後入手した文献を見てもネットで見ても、かなり高評価なので、もう一度見ないとだめかなー、程度の感覚で再訪した。かなり広い城であるのは前回でわかっていたので(オマケに前回は場所に迷いながら下山した)、今度は縄張り図などを入念に調べて、きちんと当たりをつけて訪城した。そうしたら評価が一変、ものすげー城でした。
 多気山城は、宇都宮氏が戦国後期に小田原北条氏の圧迫を恐れて、平城の宇都宮城から移った山城とされている。ただこのとき初めて築いたわけではなく、もともと詰の城として築かれていたらしい。場所は宇都宮市街の北西に位置している。
 この城は多気山というかなり大きくなだらかな山全体を城塞化している大規模な山城で、関東切っての名族宇都宮氏の名に恥じない城である。この城の最大の特徴であり、必ず見なければならないのが中腹に延々と築かれた大規模な横堀である。多気不動尊に通じる東面の道路近くから始まり、南面~西面までの山のほぼ半周を数キロに渡って延々と伸びているのだが、あちこちに横矢が掛かり、屈曲して斜面を駆け上り或いは駆け下る竪堀に変化しながら続くという豪壮なものである。しかもこの横堀を取り巻く防御構造がすごい。横堀の内側には土塁を築いて更にその内側に腰曲輪を延々配している。この土塁にはところどころ平虎口が作られており、敵を迎撃する守備兵の突撃口としていたようだ。押し寄せてきた敵軍を、まずこの横堀で釘付けにして迎撃しようという構想がよくわかる。防御の腰曲輪は1段ではなく、多いところで3~4段あって、その中の最高所の曲輪で横堀防御線の指揮を執っていたと思われる。こうした指揮所が、長大な横堀を大きく幾つかの防御ブロックに分ける形で何箇所も築かれているようだ。この重厚な防御構造を、数キロに渡る横堀全面に張り付けているのである。決して消極的な防御という性格のものではなく、ここで堂々と敵軍を迎撃し粉砕しようという強い意志が感じられる縄張りである。
DSC00316.JPG←横堀、土塁、平虎口の3点セット
 一方、主郭をはじめとする曲輪群は、大きく9つものブロックに分かれて配置されている。これらの曲輪群も見所が多い。要所には土塁を配して防御を固めると同時に、下段の段曲輪とつなぐ虎口は、必ずといってよいほど曲輪の一番奥に作られ、しかも枡形虎口を形成して決して直線路で登れないよう構築されている。一部の虎口では石が周囲に転がっているので、石垣もあったようだ。また虎口を出ると広い武者溜りが作られ、その脇では土橋で横堀外側と連絡するような、極めて技巧的で厳重な虎口もあった。南面の曲輪群には、大きな竪堀が作られているものもあり、この竪堀も斜面を登りきると90度屈曲して横堀に変化して伸びていくという見事なもの。この竪堀の規模は、皆川氏の最終防衛線であった布袋ヶ岡城のものを想起させる。主郭にも食違い虎口や土塁などが築かれ、隙が無い。これらをすべて回るには、優に丸2日を要する。
 前回の訪城では、これらの一番の見所ともいえる遺構群をかなり見逃していたことがわかった。何しろ城域が極めて広いので、正確な縄張り図を要所で確認しながら歩かないと、どこにいるのかわからなくなってしまうのである。
 それにしても、これほどの城を作り上げた宇都宮氏の勢威は驚くべきものがある。いくら佐竹氏の後援を受けたとはいえ、これほどの城を作るだけの人員を動員できるのである。本城をこれほど厳重に固めないと生き抜けない戦国下野の緊張感がひしひしと感じられると同時に、これだけの勢力があったのだから、一族重臣が結束してさえいれば北条氏に十分対抗しうる大勢力となったろうにと惜しまれる。飛山城西明寺城などの重臣の持っていた大型の城も含めて考えると、その感は一層強くなる。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E139.48.25.8N36.36.6.8&ZM=9

PS.いくつかのHPで触れられているが、これだけの良好な遺構を有する多気山城であるが、非常に残念なことに南側曲輪群を中心に、かなり無造作に重機を乗り入れて森林伐採した跡が広がっている。しかも切り倒した木がそのままそこかしこに転がっていて、歩きにくいことこの上ない。曲輪や虎口でキャタピラで損壊しているものもあり、極めて残念である。2年前はこんなではなかったのに。許せないことである。
主郭下の曲輪の枡形虎口→IMG_9091.JPG
DSC00394.JPG←主郭の食違い虎口の土塁
屈曲する横堀→DSC00285.JPG
DSC00332.JPG←横堀に沿って配置された腰曲輪
横堀→DSC00333.JPG
DSC00490.JPG←南側曲輪群横の竪堀
南西曲輪群の枡形虎口→DSC00548.JPG
  この外に武者溜りと土橋がある
nice!(2)  コメント(12) 

nice! 2

コメント 12

kochan

こんにちは。最近新聞に本丸周辺の木々が伐採されたと載っていたので久しぶりに登ってきました。http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/utsunomiya/news/20111214/677571

確かに本丸周辺~直下の郭にかけては伐採されて眺望は抜群になっています。丁度市の説明会?で人がわんさか来てました。
本丸周辺以外はそのままですし大手口?側も伐採用重機の通り道で蹂躙されているのが残念でしたがやはり冬の山城は良いですね!再認識致しました。
by kochan (2011-12-21 06:59) 

アテンザ23Z

>Kochanさん
本丸だけでも伐採されたというのはうれしいですね。
以前は本丸広場でも西側の櫓台周辺は結構藪ってましたから。

でもその為に重機で遺構が壊されたのはいただけませんね。
以前に樹木伐採で荒らされていることに
宇都宮市に抗議したことがあるのですが・・・。
http://atenzasports23z.blog.so-net.ne.jp/2008-03-12-2
by アテンザ23Z (2011-12-21 18:53) 

kochan

どうもです。大手口のほうは下の道から重機が上がった痕がまっすぐ続いているだけなので(周りは藪のまま)それ程破壊はしていないかもしれません。元々の遺構をあまり把握していないので破壊度合いはさだかではありません。不確かで大変失礼致しました。但し本丸下のほうがさっぱり刈られてますのでより破壊は進んでいるのかもしれません。山の上なので木を刈るには多少は致し方無いでしょうか、木を刈って今後地盤が弱くならないかが少し心配でした。
by kochan (2011-12-21 21:09) 

kochan

すみません、言葉足らずで失礼しました。伐採されたのは記事にあるとおり
山頂付近の東側斜面の木だけで基本的に本丸内部はそのままだと思います。本丸広場から見下ろす東側のみ部分的に木を伐採でした。
でも勿論、山を登って頂上から景色が見渡せるというのは格別の気持でした。夏場は登るのも結構大変だったのに冬場は比較的あっさり登れるんだなあということも再認識致しました次第です。
by kochan (2011-12-21 21:17) 

kochan

すみません度々・・・一応多少の画像はありますのでもし画像が投稿出来るところがありましたら教えてください。ご参考までに。
by kochan (2011-12-21 21:19) 

kochan

ちえぞー様のブログにUPされていました。

やはり多少は?破壊されているみたいですね。

http://blog.goo.ne.jp/chiezoikomai/e/13057488e756b3efb7f545aff0bc221f
by kochan (2011-12-21 21:32) 

アテンザ23Z

>Kochanさん
色々調べていただいてありがとうございます。
やっぱり破壊受けてるんですね。
宇都宮市というのは、
どうもあまり史跡保護を重視しないようです。
by アテンザ23Z (2011-12-21 23:30) 

kochan

一応地元民として謝っておきます。すみません(笑)・・・30数年前の城郭大系でも既に同じようなことが述べられていますね(174P)やはり郷土民が誇れるような外様有力大名が生き残っていれば(宇都宮氏等)城への扱いも違ったのかななどと思ってしまいます。
by kochan (2011-12-22 06:50) 

アテンザ23Z

>Kochanさん
というか、私も地元民なので(笑)
どうも栃木は、地元の戦国大名をリスペクトしてないですね。
鹿沼市もひどいものです。
優れた山城がいっぱいあるのに、
全く史跡指定されていないのですから。
by アテンザ23Z (2011-12-22 20:09) 

kochan

そうでしたか失礼致しました(笑)。多気山の場合は、来てた古老の人も言ってましたが、本丸(御殿平)が寺の所有で山の半分?は個人所有の山なので今まで出来なかったそうです。でかい山はそれなりに維持費用も掛かるし木材も最近は売れなくてそのまま放置プレーなのが実情なのかもしれません(花粉症なので個人的に出来るだけ杉を伐採して減らして欲しいと思いますが・・・)鹿沼も良いお城沢山ありそうですね。序々に勉強させて頂きたいと思います。
by kochan (2011-12-22 21:39) 

kochan

度々すみません、混乱してました。伐採はともかく、眺めを良くするために遺構を破壊する・・・問題ですよね。やはりあの中心部のコンクリート巨大土塁を造った市ですから仕方無いのですかね。やはり貴重な中世城郭は極力藪のままで(苦笑)そっとしておいたほうがましなのかもしれませんね。
by kochan (2011-12-22 21:53) 

アテンザ23Z

>Kochanさん
たくさんのコメントありがとうございます。
長野や西日本の山城に行くと、
綺麗に藪や下草が刈られて整備されている山に
よくめぐり会います。
栃木あたりでは、里山が整備されず荒れ放題になっているのが残念です。
by アテンザ23Z (2011-12-22 22:57) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
メッセージを送る