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山形城(山形県山形市) [古城めぐり(山形)]


 言わずと知れた最上の本城、山形城。しかし最上氏自体、ほとんど義光一代で大きくなったような大名だし、それまでは伊達の圧迫に晒され続けていた存在だったので、その本城といってもあまり期待していなかったのだが、行ってみてそのデカさにびっくりした。国指定史跡として街中に残る三ノ丸土塁跡がまずでかい!


 写真ではそのスケールが分かりづらいが、隣のビルと比較すると、2階分の高さである。
 本城に行くと、全周を巡る大きな土塁と水堀のスケール!はっきり言って最上氏のこと舐めてました、ゴメンナサイ、っていう感じです。現在残る全周の土塁は二の丸のもので、教科書通りの環郭式平城の山形城では本来は本丸の土塁と堀はその中にあったはずなのだが、明治に入って陸軍の山形歩兵連隊が石垣ごと取り壊してしまったんだそうな。あ~勿体無い。
 山形城のシンボル東大手門など、各虎口の石垣と枡形は良く残されており、往時の勢威を物語っているようである。しかし石垣が使われているのは虎口周辺だけで、それ以外は全て土塁のみである。関が原の戦功で57万石の大大名になった最上義光ではあるが、太平の時節到来を受けてあまり無駄なところに力を注がなかったのかもしれない。城造りより街造りや民政の方に目を向けていたように感じられる。だからこそ、改易されてもう400年近くたつのにいまだに山形市民に慕われているのであろう。
 全周に残る土塁は全体に残存状況は良いが、西側より東側の方が良好に残っているようである。東側の土塁は土塀の基礎となった土塀石が随所に残っており、特に北東部は隅櫓の石垣もちょこっとだけ残っている。櫓台の石垣が残っているのはこの隅櫓だけで、それ以外は西側にあったと言われる御三階櫓も含めて、石垣は残っていなかった。
土塁上に残る土塀石→
      奥の高台は櫓台跡
 旧本丸では現在、山形市による復元作業が進められており、本丸一文字門の石垣と橋が往時さながらの姿を現わしつつある。先に復元されている東大手門もそうだが、きちんと史実に基づいて、古写真などを元に忠実に復元されているようだ。これは説明文を読むと、国指定史跡になっているため、勝手な推測で復元が許可されないという事情もあるらしい。一般市民がこの復元工事の状況を見れるように、わざわざベストポジションに展望台まで設置してあり、心憎い気配りが見受けられ非常に好感が持てる。

またこの一文字門以外にも山形城全体の復元を進める計画もあるようで、二の丸内を歩いていても、あちこちで発掘作業が進められている箇所が見られた。いろいろ地方自治体の予算の都合が難しい昨今ではあるが、ぜひがんばってもらいたいところである。

 お城評価(満点=五つ星):☆☆☆☆☆
 場所:http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.19.54.6N38.15.8.3&ZM=8
    http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.20.13.1N38.14.38.3&ZM=10(三ノ丸土塁跡)


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